『世界史の中の戦国大名』との出合いは、ユーチューブチャンネルでみた、同書の書評からでした。
◎キリシタン大名の振る舞いから考える~「グローバル化」しても失ってはいけないものとは何か?|『世界史の中の戦国大名』鹿毛敏夫(講談社現代新書)|@kunojun|久野潤チャンネル
私は永年、この時代を研究していますので、興味が湧き、早速購入して読んでみました。しかし、読み終えると、この久野先生の言われるような鹿毛氏の極端な思想や読み違えではなく、その時代をしっかり研究していれば、割と自然な流れのように感じますし、私にとってはこの書評で言われるような受け取りはしませんでした。
それよりも寧ろ、鹿毛先生の述べられている視点が、私の研究に足りなかった事に大きなショックを受けた程です。私の取り組みの認識を改め、全体を見直さなければならないと強く感じた程、鹿毛先生の素晴らしいご研究です。
勿論、鹿毛先生も、先人の研究成果の恩恵を受けつつ、また、他の研究の成果とも相まって、素晴らしいご成果となっているのですが、これは一方で、史料や研究が比較的豊富となった社会全体の成果でもあるように思います。
とは言え、鹿毛先生の独自視点と探究心が成せる素晴らしい成果だと思いますし、何よりも研究姿勢が大変ご立派で、私の手本としたい先生が、また一人増えたことに幸せを感じます。
私が感動した、その素晴らしい鹿毛先生の銘文の一部を以下に抜粋して、ご紹介したいと思います。
※世界史の中の戦国大名(講談社現代新書)P297
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エピローグ「世界史の中の戦国大名」の精神性より
「暴力」で語られてきた戦国時代史
そもそも、日本史で「史実」として語られているもののなかには、実は、その根拠が曖昧なものや偏向的な考察によるもの、あるいは一面的な歴史館に負うものなど、その見直しを求められるものが少なくない。本書で見てきた戦国時代史もその一つである。
日本史における十五世紀後半から十六世紀は、「戦国」との名称の通り、確かに人間同士の戦いの多い時代だった。高校生たちが学ぶ教科書においても、この百六十年間ほどの歴史は、応仁の乱・桶狭間の戦い・長篠合戦・賤ヶ岳の戦い等の戦争や争乱を軸に時代の画期が示され、その内容も、争い・分裂・抗争・大勝・征討・征服・覇権、そして追放・屈服・滅亡等の暴力的な言語に象徴させて、その時代を語る構成になっている。その教科書に学ぶ子どもたちの頭のなかには、必然的に、武力的勝者へのあこがれや英雄視、そしてその軍事的勝者が形作った社会の正当化・正義化の意識が醸成されていく。さらに、後の近代国家の成立とそのテリトリーの存在を前提に、国家の歴史は分裂から統合へと向かうもので、その統合の妨げとなる「敵」を征討して滅ぼす(殺す)ことが歴史の必然的正義であったとの価値観のみが重層的に再生産されていくのである。
百六十年間におよんだ戦国大名の群雄割拠状態を脱して、一元的な統一政権を樹立した、いわゆる「天下統一」の営みは、日本の政治史において、まぎれもなく重要な画期であり、その国家統合の取り組みが成されてこそ、後の近世・近代日本の発展が実現した事実は論を俟たない。しかし、その軍事的特徴の強い十六世紀という時期においても、列島各地に生きた天皇、諸大名から一般庶民までの日常が確かに存在した。
現在の研究史の状況では難しいことではあるが、地域権力の闘争・合戦とその勝ち負け、そしてその勝者の軌跡ばかりにとらわれるのではなく、政治権力が分裂状態の列島各地において、おのおの大名が領域社会の為政者として、いかなる内政を行い、また、海外を含む支配領域外の政治権力とどのような外交関係を結んだかという、「地域国家」の為政者としての内政と外交のあり方を検討し、その特徴に応じた時間軸と空間軸を設定しながら、多様性にあふれた日本社会の内部構造を比較・相対化させて叙述する戦国時代史の姿を、いつかは見てみたいと思う。
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その通りだと思います。この思考法こそが、繙く、解き明かす事であり、それが本当の意味の研究だと思います。なぜその必要があったのか。なぜ、そうなったのかという視点に立たなければ、起きている事の意味が理解できません。
鹿毛先生の言われるように、「暴力」だけを見て、全体を理解したかのように陥ってしまえば、研究とは言えませんし、理解したとは言えません。未来への知恵ともなり得ません。
是非、お手にとって『世界史の中の戦国大名』を読んでみて下さい。とっても面白いですよ!