戦国大名池田勝正研究所
世界唯一、摂津国豊嶋郡に生きた池田筑後守勝正を紹介するブログ
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研究_摂津国豊嶋郡細河郷と戦国時代の池田
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2026年3月31日火曜日
摂津国豊嶋郡に所在する久安寺の伝総門が存在した可能性は高い
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応永年間(1394-1427)に大修理された楼門 非売品で、流通していない書籍『久安寺ものがたり』には、久安寺に伝わる逸話がまとめられています。同書は、ご住職であった故国司禎相さんが、後世への引き継ぎとして、既知の限りを尽くしてまとめられています。 そこには、非常に重要な事柄が...
2026年3月19日木曜日
池田市にある五月山愛宕神社は、摂津池田城の関連施設である可能性が非常に高い
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大阪府池田市の五月山頂上にある愛宕神社(綾羽2丁目)の地は、摂津池田城の関連施設であった可能性が非常に高いと思われます。この愛宕社の由緒などについては、公的には以下のように記述されています。 ※新修 池田市史5(民俗編)P135 ----------------- 摂津名所図絵に...
2026年3月9日月曜日
摂津国豊嶋郡古江村(現大阪府池田市古江町)にあった古代寺院の(伝)等覚寺を探る
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池田市五月台展望台(五月山)からの古江町遠景 今の大阪府池田市古江町にあったと伝わる古代寺院の等覚寺について、考えてみたいと思います。 この等覚寺については、戦後は特に歴史資料上では、あまり触れられなくなって益々探求から遠のくばかりになり、人々に忘れられようとしています。 そ...
2025年2月28日金曜日
摂津の有力国人池田氏が、摂津国豊嶋郡細河庄に合法的な進出が成ったと考えられる史料
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現大阪府池田市の細河地域に古代寺院が存在した事について、摂津の豪族池田氏の史料を見直していましたら、判断の指標になりそうな重要な記述(史料)に気づきました。池田氏が摂津国豊嶋郡細河庄に合法的な進出が成ったと考えられる、史料です。 これは、権大外記で左大臣の鷹司家家来であった中原...
2025年2月26日水曜日
長久3年(1042)に描かれたとされる、摂津国豊嶋郡細河庄に存在した古代寺院跡(玉性院?)を発見か!?
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非常に興味深い遺跡を発見したかもしれません。平安時代頃に存在したとされる、大規模寺院の跡が、今も残っていました。(これから更に調査を続けます。) 大阪府池田市に伝わる細河庄境界絵図(長久3年:1042)について、これまでは、想像の範囲で、あまり確認もされていなかった(池田市教育...
2020年3月8日日曜日
明智光秀も度々利用した余野街道上に存在した、池田市伏尾町の八幡城が巨大であった可能性について
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現在の池田市伏尾町にあった八幡城について、詳細は判っていないのですが、その城が巨大であった可能性を考えている方がいます。 池田郷土史学会会員の岩垣 正氏による調査で、縄張り図が描かれ、それによる全容想定図も描かれています。氏は学生時代に日本画を専攻され、それ故にこのよう...
2016年9月17日土曜日
摂津国豊嶋郡細河郷と戦国時代の池田(細河庄内の東山村と武将山脇氏について)
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摂津国豊嶋郡細河郷内の東山村(現大阪府池田市)は、室町時代の応仁・文明の乱以降、成長し始めた池田家にとって、次第に政治・軍事面においても重要な関係に深化します。その東山村からは、山脇氏が頭角を現し、池田氏と姻戚関係も結び、池田一族として家政の一翼を担っていきます。 また、そ...
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