戦国大名池田勝正研究所

世界唯一、摂津国豊嶋郡に生きた池田筑後守勝正を紹介するブログ

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2016年7月30日土曜日

天正6年(1578)の謀反で、荒木村重が多田銀銅山や北摂の鉱山を経済的裏付け要素のひとつとして考えていた可能性について

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以前から気になっていたのですが、今後の備忘録代わりに、ちょっと書き留めておきたいと思います。 多田銀銅山の青木間歩の様子 北摂山塊では、主に銅を産出していたため、無数の間歩跡があります。豊能・河辺郡あたりに広がっていて、一部は豊島郡にも見られます。実は、五月山にも秦...
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柏床宜宏
東大阪市, 大阪府, Japan
池田勝正は、摂津国豊島郡池田(現池田市)にて戦国時代後期に生きた人物です。その時代頃の資料には散見されます。しかし、これまで、誰も彼について研究した人はいませんでした。  実は、京都の中央政治の命運も左右する程の拠点的勢力で、非常に重要な役割りと位置づけにありました。あの、織田信長や幕府とも直接的に関係を持った、戦国大名です。私は、池田勝正の生涯を研究しています。  なおウィキペディア(Wikipedia)の池田勝正の項目は私が書いたものではありません。ツイッター:@katsumasa2016
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